物理的には近いのにアクセスできない場所や人がある
人間の生きている世界は、単に物理的な空間ではない。情報空間のレイヤーとでもいうべきか、自分の生きている世界の層のようなものがある。
誰でも似た感覚があるに違いない。
レイヤーが異なれば、いくら物理的に近かろうが、アクセスできない。
たとえば、本を読む習慣がない人、つまり本という形式に収まった知識と関連性の薄い人は、たとえ家の隣が図書館だろうが、そこに眠る魅力的な書籍に一生触れることがないかもしれない。
クラスメイトでも、年間通して一度も話さないという人はざらに存在した。
不思議なもので、人間はしばしば地球の裏側の人間と運命的な巡り会いをする一方で、自宅の裏に住むご近所さんとは一度も顔を合わせなかったりするのだ。
これまで生きてきた中で、ある時点ではなんの縁もなかった場所や人が、突如としてアクセス可能なものとして立ち現れてくることがあった。自分と世界の関係性が組み換わっているということだと思うが、この感覚がなんとも面白いのだ。退屈だと思っていた世界が、実は信じられないくらい多様な宇宙を内包しているという実感を得られる。
私が生きていることに面白みを感じるとしたら、ひとつはその興奮を挙げる。